A:将来、夢

小説を読むことが脳にどのような影響を及ぼすのか

来たる2月2日に翻訳家の岸本佐知子氏との対談イベントを控えるにあたり、小説を読むことが脳にどのような影響を及ぼし、いかなる恩恵をもたらすのかについて、改めて調査を進めております。その結果、フィクションを読むことの多岐にわたる効能が明らかになりましたので、本稿にてその概要をまとめさせていただきます。今回のイベントにおいても、これらの知見が議論の中心となる可能性がございます。また、小説を愛好する皆様におかれましては、本稿が今後の読書活動におけるさらなるモチベーション向上の一助となれば幸甚に存じます。

小説の効能1:共感能力の向上

小説がもたらす恩恵の中でも、共感能力の向上は最も活発に研究が進められている分野の一つです。読書が他者の感情や思考を理解する能力を高めるという指摘は、複数の研究によって裏付けられています。

  • 2013年に科学誌『サイエンス』に発表された研究では、特に文学作品を読むことが、他者の内面を理解し、共感する能力の向上に寄与することが示されました。
  • 心理学者のレイモンド・マーが2011年に行った研究では、86件のfMRI(機能的磁気共鳴画像法)調査を分析した結果、物語を理解する際に活性化する脳のネットワークと、他者との社会的な相互作用を処理する際に使用されるネットワークとの間に、顕著な重複が見られることが明らかになりました。
  • 2015年に実施された、フィクションを読む読者の脳をスキャンした研究では、被験者が物語の描写を脳内で鮮やかにシミュレーションしていることが判明しました。これは、小説を読んでいる間の脳が、その出来事をあたかも現実の体験として処理していることを示唆しています。さらに、日常的に小説を読む習慣のある参加者ほど、他者の心を読み解く社会的認知能力が高い傾向にあることが確認されました。

これらの知見は、小説が現実世界をシミュレートする高度な機能を有しており、それを通じて他者の視点に立ち、共感する能力を育む上で極めて有効なツールであることを示唆しています。他のメディア(映画や漫画など)との直接的な比較研究は限定的ですが、良質な小説は、個人の内面において「世界シミュレーター」として最も強力に機能する可能性を秘めていると考えられます。

小説の効能2:認知機能の低下抑制

読書は、小説に限らず、精神的な鋭敏さを維持するための有効な手段であると考えられています。読書が認知症の直接的な予防に繋がるかについてはまだ明確な結論が出ていませんが、複数の研究がその可能性を示唆しています。ある研究報告によれば、読書習慣のある高齢者は、そうでない高齢者に比べて認知機能低下のリスクが低いことが示されています。特筆すべきは、晩年になってから読書を始めた人々において、同年代の非読書家と比較して、精神的な衰えの進行が約32パーセントも緩やかになるというデータも存在することです。

さらに、2001年の研究では、読書習慣のある人々は記憶力の低下が緩やかであるだけでなく、アルツハイマー病の症状が少ない傾向にあることが示唆されました。これらの結果を踏まえると、読書が脳を鍛える「脳トレ」として機能する可能性は高いと言えるでしょう。特に物語を読むことは、単なる情報の羅列を処理するよりも長期記憶に定着しやすいため、脳の健康を維持する上で大きな役割を果たすと考えられます。

小説の効能3:寿命延長の可能性

2016年にイェール大学などが実施した研究によると、小説を読む習慣が早期死亡率を最大20%減少させる可能性が示唆されています。この研究では、ほとんど読書をしない人々と、週に3時間以上読書をする人々を比較した結果、後者の方が平均で約23ヶ月長生きしていることが明らかになりました。

研究チームは、この寿命延長効果はノンフィクションの読書でも得られるものの、フィクションの方がより大きな恩恵をもたらす可能性があると指摘しています。特に65歳以上の高齢者において、テレビ視聴の時間を減らして読書に費やす時間を増やすことで、寿命延長のメリットが顕著に現れる傾向があるため、高齢者層における小説の重要性は一層高まると言えるでしょう。

また、研究チームは「本を読むことによる生存率の向上は、新聞や雑誌を読むことによるものよりもはるかに大きい」と強調しています。この指摘は、単に情報収集を目的とした読書だけでは寿命延長に繋がりにくい可能性を示唆しており、物語世界への没入や深い思考を伴う読書体験が重要であることを示唆しているのかもしれません。

小説の効能4:ストレス軽減

読書がストレスホルモンを減少させるという説は広く知られています。一般に引用される「英国サセックス大学の研究によると、読書によって軽減されるストレスは68%であり、音楽鑑賞、コーヒー、ゲーム、散歩などを上回る」という主張については、査読済みの正式な研究ではないため注意が必要ですが、セトン・ホール大学などの研究では、30分間の読書が30分間のヨガと同等のストレス軽減効果をもたらす可能性が報告されています。

さらに、日常的に読書を行う人々は、読書習慣のない人々に比べて、睡眠の質が高く、ストレスレベルが低く、自尊心が高く、うつ病の発症率が低い傾向にあるとも言われています。これらのメリットは、小説を読んでいる間の脳が、ある種の瞑想状態に近づくことに起因すると考えられます。読書に深く集中することで、人は特定の瞑想状態に入り、それがストレス解消効果に繋がっているのかもしれません。もちろん、「黒い家」のようなサスペンスやホラー作品がストレス解消に寄与するとは限りませんが、穏やかな物語は心理的な安らぎをもたらし、ストレス軽減に有効であると言えるでしょう。

小説の効能5:批判的思考力の向上

批判的思考力とは、特定の目標に向けて論理的かつ合理的に思考を進める能力を指し、人生を円滑に進める上で不可欠なスキルであると認識されています。カリフォルニア大学のアン・カニングハム教授の研究によると、読書は「誰にとっても大きな利益をもたらす」ものであり、特に熱心に小説を読む人々は、豊富な実用知識を蓄えているだけでなく、批判的思考を要する問いに対しても適切に回答する傾向が見られたと報告されています。

カニングハム教授は、「小説の大きな利点の一つは、個人の洞察力を深めるだけでなく、批判的かつ共感的な能力をも高めることにある」と述べており、この指摘は小説が多角的な思考能力を養う上で重要な役割を果たすことを示唆しています。

結び:

本稿では、小説がもたらす多様な効能の一部をご紹介いたしました。改めて考察すると、読書、特に小説を読むことの恩恵は計り知れないものがあります。次回の記事では、さらに他の側面から小説の効能について掘り下げていく予定です。

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