:脳機能維持のための科学的根拠に基づく推奨事項
世界保健機関(WHO)が初めて認知症予防に関する包括的なガイドラインを発表しました。これは認知症という世界的な健康課題に対する公式な予防指針として、極めて重要な意味を持つ文書となっています。現在のところ認知症を完治させる治療法は存在しないため、事前の予防対策が最も重要なアプローチとなることが強調されています。
最優先で実施すべき脳機能保護策:
WHOが強く推奨する予防方法として、科学的根拠の強さに基づいて以下の項目が挙げられています。
運動療法については、週150分の中強度運動が推奨されており、そのエビデンスレベルは「中程度」と評価されています。これは週に約2時間半の運動を継続することで、脳の健康維持に有意な効果が期待できることを意味しています。
栄養面では、野菜、フルーツ、魚を豊富に含む食事パターンが「高レベル」のエビデンスとして位置づけられています。これらの食品に含まれる抗酸化物質やオメガ3脂肪酸などの栄養成分が、脳の神経保護作用を発揮することが多くの研究で確認されています。
禁煙についても重要な予防策として挙げられていますが、エビデンスレベルは「低レベル」とされています。これは喫煙が認知機能に悪影響を与えることは明らかであるものの、禁煙による直接的な認知症予防効果を示す研究データがまだ限定的であることを反映しています。
状況に応じて推奨される予防策:
個人の健康状態や年齢に応じて効果が期待される予防方法として、複数の項目が「中程度」のエビデンスレベルで推奨されています。
地中海式食事法は、現在認知機能が正常な人や軽度の認知機能低下が見られる人に対して効果があることが確認されており、「中程度」のエビデンスレベルとして評価されています。この食事パターンは、オリーブオイル、魚、野菜、全粒穀物を中心とした伝統的な地中海地域の食習慣を基にしています。
過度の飲酒を控えることも「中程度」のエビデンスレベルで推奨されていますが、これは主に観察研究に基づく結果であることが注記されています。
体重管理については、中年期に肥満状態にある人が減量を行うことで認知症予防効果が期待できるとされており、「中程度」のエビデンスレベルで評価されています。
コレステロール管理は、中年期に高コレステロール血症を有する人が数値を改善することで予防効果が見込めるとされていますが、エビデンスレベルは「低レベル」となっています。
軽度認知症患者に対する介入策:
すでに軽度の認知機能低下が認められる人に対しては、より積極的な運動療法が推奨されています。激しめの運動により認知症の進行を遅らせる可能性があるとされていますが、エビデンスレベルは「低レベル」です。
認知トレーニング(計算問題や記憶課題など)についても、軽度認知症患者の症状進行抑制に効果がある可能性が示唆されていますが、エビデンスレベルは「かなり低い」とされています。
血圧管理と血糖値管理についても、それぞれ高血圧症や糖尿病を有する人においてリスク軽減の可能性があるとされていますが、両方とも「かなり低い」エビデンスレベルとなっています。
推奨されない予防方法:
WHOは明確に効果が認められないとして、いくつかの方法を推奨していません。
各種サプリメント(ビタミンB群、ビタミンEなど)については、認知症予防効果の科学的根拠が不十分であるとして推奨されていません。
社会的交流については、認知機能への直接的な効果は不明確であるものの、幸福度向上には確実に寄与するため、生活の質向上の観点から価値があるとされています。
抗うつ薬の使用についても、認知症予防に対する直接的な効果は認められていませんが、うつ症状の管理が脳の健康にとって重要であることは確認されています。
体内炎症抑制を中心とした統合的アプローチ:
全体的に見ると、推奨される予防方法の多くは体内の慢性炎症を抑制する効果を持つものが中心となっています。これは認知症の発症メカニズムにおいて、脳内の炎症反応が重要な役割を果たしていることを反映しています。
このガイドラインは、認知症予防において「最低限実施すべき基本的な対策」を明確に示すことで、他の予防策を検討する前にまず確実に実行すべき項目を提示している点で非常に実用的な価値を持っています。特に地中海式食事法の有効性が改めて確認されたことは、日常的な食生活改善の重要性を裏付ける重要な知見といえるでしょう。
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